比江島慎の母親の死因は?父親の現在に職業は?兄もバスケット経験者?

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日本バスケットボール界を代表する選手、比江島慎(ひえじままこと)さんの家族について紹介します。

比江島選手といえば、コートの中でも外でも愛される人柄と圧倒的なプレーでファンを魅了し続けていますよね。実は彼、小さいころからバスケット一筋で、たくさんの努力と支えを受けながらここまで来たんです。

そんな比江島選手の生い立ちを知れば、今まで以上に彼のプレーに感動すること間違いなし!

お母さんの深い愛情やお兄さんとの絆、そして彼を支える家族のストーリーに触れながら、比江島慎さんの魅力をたっぷりお届けします。

そんな比江島慎さんの父親はなにをしている人でしょうか。バスケ女子も男子も必見の内容なので、最後までぜひ読んでいってくださいね♪

比江島慎の父親との現在の関係は?職業はなにしてる?

比江島慎さんは母と兄と3人の母子家庭で育ちました。父親については詳しく語られていないんです。

父はどんな職業なのか、現在は連絡を取っているのか、どこかにかかわりはないのか、など、SNSやインタビューなども細かく確認しましたが、どこにも情報がありませんでした。

ここまで何もないと、小さいときに死別や離婚などで別れた可能性が高いですね。小さいころに別れたのなら父親の記憶がないのも当然です。

物心ついたころからいなかったら、父親について語るのは少し難しいですよね。身長が191センチと長身なのは、父親からの遺伝かな。

もしかしたら父親もバスケットなどのスポーツをやっていたのかもしれないですね!

もし生きてらしたら、比江島慎さんの活躍を遠くから応援しているのかなと考えてしまいます。パリオリンピックではテレビや新聞などいろいろなところで活躍が見られますものね!

次に比江島慎選手のプロフィールを見て行きます。

比江島慎のプロフィール紹介!

比江島慎さんのプロフィールはこちらです。

比江島慎(ひえじままこと)

ポジション  シューティングガード
出身校     青山学院大学
出身地     福岡県
生年月日    1990年8月11日
身長(cm)   191cm
体重(kg)    88kg
ニックネーム  まこ、ひえじ

みんなからまこ、まこ!と呼ばれ、コートの中でも外でも人気者の比江島慎さん。インタビューにもざっくばらんに答えてくれてとっても親しみが持てますよね。

191センチと長身の比江島慎さんのスリーポイントはディフェンスにはたかれる確率も低いので安心して見てられます。

個人的には色白の肌と、かわいい笑顔が大すきです!

次は比江島慎さんの母親の死因についてです。

比江島慎の母親が若くして急逝したワケは?

比江島慎さんの母親は比江島淳子(ひえじまじゅんこ)さん。2018年4月に57歳の若さで心臓発作で急逝されています。

いつも比江島慎さんのさんと兄とのふたりの息子を温かく守って、必死に働きながら女手ひとつで育て上げてきました。

突然ですね。突発的な心臓発作というか。「ごはん作っておくね」みたいな感じでLINEがきていて。でも帰ったら息もしてなかった状態で・・・」
引用元:テレ朝POST/2019.12.15

比江島慎さんの試合にはいつも応援に駆け付けたという母の淳子さん。

私も経験がありますが、明日の約束をしている人が急にいなくなる。うまく説明できないんですよね、この気持ち。

最愛の母の死を発表した時の比江島慎さんの気持ちはいかばかりかと胸が痛くなります。

いつでも僕たち兄弟を照らしてくれる太陽みたいな存在でした。
性格が僕と真反対で明るい人でした。めちゃくちゃ大好きでした。

比江島慎さん本人もこのように語っています。試合中もふと気を抜くと泣きそうになるとのこと。

それでも比江島慎さんは試合に出続けて、その年の母の日にチームの勝利を大きく引き寄せたジャンプシュート決めたんです。そのとき上を向いて、天を指さして「見てますか~?やったよ!」って空に報告したんですよ。

突然の心臓発作で57歳の若さで亡くなった比江島慎さんのお母さん。

この年、比江島慎さんは初めてのMVPを受賞し、涙を流しながら母・淳子さんへの感謝の気持ちを話してくれました。

比江島慎の母親はどんな女性だったの?

比江島慎さんの母・淳子さんはしつけにはめちゃめちゃきびしいお母さんでした。お手伝いをしないとごはんを食べさせてくれなかったとか。

母親が自分たちのためにくたくたになるまで働いてくれていたのを、小さいころからわかっていたんですね。兄とふたりで交代で当番を決めて、皿洗いから、掃除、洗濯、買い物と料理以外はすべてやっていました。

母の淳子さんは、子どもから見ても周囲への気配りがよくできる女性だった。その姿は比江島の目にこのように映った。
とにかく何でも人のためにやっていました。人のためならもう、自分を削ってでも……」
自分のことは二の次、三の次。
「僕もそういう性格です。周りのことはよく気がついて、何でもすぐにやる。自分のことはやらないんですけど(笑)」
引用元:母は厳しくも、周囲に気配りができる人/スポーツナビ/2019.02.19

比江島慎さんはお母さんのことを周囲への気配りがよくできるステキな女性だったと語っています。

比江島慎さんのやさしい、周りがよく見える、他人の気持ちを思いやる性格は、お母さまから受け継いだものだったんですね!

比江島慎の母が息子のためにマネジメント会社を設立!

2013年、比江島慎さんが青山学院を卒業するときに、母親の淳子さんは、ステラリアン・バスケットボール株式会社を設立しました。

比江島慎さんの夢である海外挑戦を応援するために作られたコンサルティングマネジメント会社で、マネジメントやグッズ販売、イベントの企画を行っています。

私個人としては、海外挑戦を考えている息子のために、会社を立ち上げてしまうほどの母親の愛・バイタリティはものすごいものなんだなと感動しました。それなのに、会社設立からたった5年で旅立ってしまうなんて、つらいですね。

2018年8月比江島慎さんのオーストラリアのプロバスケットボールリーグ「NBL」のブリスベン・ブレッツへの電撃移籍が発表されました。2018年4月に母親が亡くなった4か月後のことです。

比江島慎さんは、わずか5か月の挑戦で帰国していますが、「悔いはあるけど、海外に挑戦できたことに感謝している」と語っているんですね。

亡き母がずっと応援していた比江島慎さんのバスケットボール人生、思いっきり満喫してほしいですよね。

昨年のワールドカップ2023で伝説の「比江島スイッチ」を見せて、日本の48年ぶりのオリンピック自力出場に大きく貢献した比江島慎さん。

この「比江島スイッチ」を押したのは天国の母に違いない!亡き母とのオリンピック出場の夢をかなえることができたんですね。

比江島母子ふたりの夢は、いえ、お兄様も入れて3人の夢はオリンピックに行くことだったんですよ 号泣。

伝説の比江島スイッチについての詳しい説明はこちらをご覧ください!

比江島スイッチとは?比江島ステップとの違いは?ほかのプレーヤーの声も紹介!
今回は比江島慎さんの代名詞「比江島スイッチ」について紹介します。 「比江島 スイッチ」という言葉を知らない人でも、 日本代表戦で「3分間でひとりで11点取ったスイッチ」と聞けば、 なんとなく比江島慎さんのすごさがわかるんじゃなかなと思います...

比江島慎の兄はどんな人?バスケット経験者?

比江島慎さんの兄・比江島章さんは3歳年上でバスケットボール経験者です。

兄の章さんがバスケットを始めたのは小学校3年生のとき。比江島慎さんは兄のあとを追って、7歳でバスケットを始めたんですよ。

ふたりが入ったミニバスチームは古賀ブレイス。

好きだったのは一対一の練習。チームは月水金と土日が練習で、平日は21時か22時まで練習していたと思います。バスケの基礎だけじゃなく、礼儀も徹底して教えてくれる、とても良いチームでした。だから、他の習いごとは全然やらずに、ひたすらバスケの日々でしたね
引用元:東京五輪にこだわるのは家族への思いから/スポーツナビ/2019.02.19

ミニバス時代に礼儀作法なんかも学んだんですね。

私は、母の淳子さんとミニバスチーム、今のステキな比江島慎さんができあがったのは、周りにめぐまれていたからなんだなと思いました。

そして、当時の比江島慎さんにとって、兄の章さんは憧れの存在だったんですよ。スケットをするときもゲームをするときもいつも一緒で、いつもちっちゃい弟はいじめられてw

うちは母子家庭だったので、家にふたりで留守番。僕はしょっちゅう泣いてはお母さんに『お兄ちゃんがいじめるー』と電話をかけていました
引用元:母は厳しくも、周囲に気配りができる人/スポーツナビ/2019.02.19

目に浮かびますよね!なんていうんでしょう、バスケ女子は目がウルウルしてきました 秘。

弟・比江島慎さんが中学に進学したとき、兄・章さんは福岡工大城東高校に進学しました。年齢が3歳違いだと、中学・高校で一緒にならないんですよね。

兄の章さんは通学が遠くなったけれど、比江島慎さんのバスケットを応援していたんですよ。

その後、思春期の兄弟によくあるように、比江島兄弟もしばらく疎遠になったけれど、章さんは弟・慎さんのことをずっと応援していたんですね。

比江島慎さんは母の急逝後、たった10日でコートに戻ってきました。その姿を見て、兄は母親が比江島慎をサポートするために起こした会社を引き継ぐことを決意したんです。

兄弟のきずなをかんじますね。

公私を支えてくれている兄・比江島章さんと母の想いが詰まったステラリアン・バスケットボール株式会社。重ねる思いがあるから比江島慎さんはさらに強くなるんでしょうか・・・。

比江島慎の父親に家族構成は?~バスケ女子の考察~

・比江島慎さんの父親については不明です。

母親はシングルマザーとして一人で比江島慎さんと兄の比江島章さんを育てました。

2018年4月、母は心臓発作で57歳の早すぎる別れになりました。

兄もバスケット経験者

兄は母の亡きあと、母が比江島慎さんのバスケットを応援するために作った母の会社を引き継ぎました。

 

今回は日本代表でも活躍している比江島慎さんを紹介しました。小さいころからバスケットボールしていて、活躍もされているんですよ。

こちらでも比江島慎さんの魅力についてまとめています!これからもどんどん記事を増やしていくのでブックマークをして楽しみにいていてくださいね☆彡

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